text=塩津友理(OpenA ltd.)
かねてより気になっていた取手アートプロジェクトの「SUN SELF HOTEL」。4/13〜14に行われた第1回宿泊のイベントに団地R不動産・OpenAチームとして取材に行ってきました!(なお準備の様子は、こちらから見られます。「Our Hotel is Now Under Construction」


SUN SELF HOTEL 第1回宿泊の夜の様子。

4月13日土曜日
私が茨城県取手市にある井野団地に到着したのは宿泊客を迎える最終準備の真っ最中。イベント1日目の模様を時間の経過に沿ってお伝えしたいと思います。

AM11:30
ホテルマン続々集合

春らしい、気持ちの良い晴天に恵まれた井野団地には、どこか緊張感漂う老若男女がおそろいの蝶ネクタイを身につけて集まっていた。取手アートプロジェクトが新たに仕掛ける「ダンチ・イノベーターズ!」チームメンバーの一人で、現代美術家の北澤 潤氏によって企画された「SUN SELF HOTEL」が初めてのお客様を迎える時が刻一刻と迫っていた。
「SUN SELF HOTEL」とは、一泊二日1組限定で団地の空き家を利用しゲストをもてなす、宿泊を模した体験型アートイベントである。
この日のために昨年の夏から「ホテルづくり市民講座」が実施されてきた。ゲストをもてなすには何が必要なのか?団地内でワークショップが約半年間にわたり行われ、最終的に35人程の「ホテルマン」が誕生した。最初は数人から始まった講座は徐々に参加者を増やし、今では、料理の得意な住民や、たまたま通りかかった電気関係の仕事をしているお父さん、漫画を描くのが得意な少年、「癒し担当」の1歳の可愛い女の子までが顔を揃える。団地住民を中心に、それぞれの得意なことを活かしての参加だ。


ゲストを迎える前の最後の「ホテルマン」ミーティング。井野団地のコミュニティーカフェ「いこいーの+TAPPINO」にて。

「癒し担当」の女の子。                                                                          着物が素敵な片山さんと元喫茶店マスター。

調理チームの長谷川さん。ディナーの筑前煮を見せてくれた。長谷川さんも井野団地の住民。

広場で遊んでいた子どもたちもいつの間にかお手伝い。

PM12:40
はじめてのゲストが到着


初めてのお客様の到着。「早く着いちゃいました。」「どうぞ」と温かく迎える。

いよいよゲストを迎える。予定よりも20分早くゲストが到着。最終チェックをしていたホテルマンたちは慌てて特設フロントへ駆け寄った。井野団地の住民であり今回ホテルマン「客室」担当の片山さんは着物姿でバス停までお客様をお出迎え。旅館の女将のような出で立ちに、さっきまで団地だった風景がここは旅館? と思ってしまう。
予想外の早い到着に驚きつつも、和気あいあいとした雰囲気でホテルマン一同ゲストを迎えた。
今回ゲストに選ばれたのは、東京都台東区に住む母子と静岡県富士市に暮らす祖母の3人だ。普段からアートに興味があり、子どもと一緒に参加できるイベント探していたところ、このイベントに出会ったと、応募の動機を語る。


団地内の広場でチェックイン。読み聞かせや、マッサージなどの「ルームサービス」もあります。

本日のお部屋は井野団地の5階。手摺りには「SUN SELF HOTEL」の看板が。お部屋の扉にも太陽のモチーフが。

PM13:00
手づくりの「ホテル」サービス


たくさんの報道陣に囲まれながら、ホテルマンの案内を受けるゲストのご家族。

チェックインを終えるとお部屋へご案内。本日の客室は井野団地5階の3DKのお部屋。URより空室となっている住戸を取手アートプロジェクト実行委員会が期間限定で借りている。
ホテルマンが設えた客室を見て、「すごい。私たち家族のことを考えて準備してくれているのがとても伝わる」と感激の様子。客室は、藍染でつくられたカーテンや座布団、ランプシェードなど太陽をモチーフにした手づくりのもので飾られている。5歳の子どものために押し入れ内にはプラレールが用意され、同年代のホテルマンと共に夢中で遊んでいる。
到着のお菓子として振舞われたのは、この日のためにホテルマンたちが考えた「いのようかん」。井野団地をイメージした手づくりの羊羹は、団地の窓がくり抜かれたいも羊羹の下に抹茶が敷いてある。井野団地は緑がとても多い。抹茶は芝生に見立ててあるのだそうだ。


ホテルマンたちがつくった藍染のカーテン。太陽をモチーフにしている。

押し入れを開けるとプラレールが。小さなお子様へのおもてなし。

手作りの「いのようかん」。抹茶で井野団地の緑を表現。思わず会話が弾む。

PM14:30
太陽、集めにいくよー!


ソーラーワゴンを押して、太陽を求めて散策に。

手をつないで歩くゲスト(右)とホテルマン(左)。ゲストのお子さんはすっかり打ち解けて早くも団地っ子の風情に。

「ここいいんじゃない?」「傾けてみたら?」ソーラーワゴンを操るさまもすっかり板についている。

お部屋でひと休みした後は、タイトルにもなっている「SUN SELF」の時間。
SUN SELF HOTELの特徴は、客室で使う電気をソーラーパネルでゲスト自ら集めてくるところである。ゲストとホテルマンがバッテリーを搭載した特製のソーラーワゴンを押しながら、団地周辺を周遊し団地産の電気を集める。バッテリーについたモニタを覗きながら、「あともう少しですかね」「あっちの方が良く日が当たるんじゃない?」とゲストもホテルマンも一丸となって、電気を少しでも多く集められるよう太陽を求めて散策。電気をつくり出すシステムを学びながら、住民と交流し緑豊かな団地の魅力も体験する。

PM18:30
地産地消の電気。SUN SELF HOTELに太陽が昇る。


ヘリウムを充填した風船をみんなで押さえている。建物の上には四天王のように待ち構えるロープ部隊が。

「太陽」点灯のカウントダウンに合わせて空を見上げる一同。

井野団地の夕空に「太陽」が昇った。

「太陽」を見守るホテルマンとゲストの男の子。「ライトセーバー!」とはしゃぐ。

いよいよ「SUN SELF HOTEL」一番の見せ場、ソーラーワゴンで集めてきた電気を使って照明を点灯する。
バッテリーのひとつは、井野団地の広場につくられた大きな太陽に接続された。
人の背丈を超える大きさの風船にLEDのライトを取り付け、団地の空に大きな太陽を掲げる。点灯式には住民も集まって、ゲスト、ホテルマン、みんなが見守る中、カウントダウンの掛け声に合わせて点灯。ふんわりと日の沈みかけた井野団地の夕空に太陽の光が浮かぶ。
次はバッテリーを持って客室へ移動。ガス台につくられた特設スペースにバッテリーを設置する。点灯と同時にゲストの顔が柔らかな光で照らされ、「光って……、温かいんですね」と笑みがこぼれる。
客室の照明はすべてソーラーワゴンで集めたバッテリーから供給される。バッテリーが切れると、照明も消えるというシンプルな仕組みだ。
ゲストのお母さんは「震災以来、世の中何が起こるかわからない、という気持ちが強くなりました。エネルギーのことにも無関心ではいられないし。だから子どもにもいろいろなものが当たり前にあって、当たり前に使えると思ってほしくない。エネルギーにも限りがあることを子どもにも伝えられたら」。このイベントに参加した気持ちをそう話してくれた。


客室にて。ガス台の上に設けられたバッテリースペース。アクリルケースの中から伸びるコードが部屋の唯一の電源。

客室の照明点灯。暗く冷たい印象だった部屋が照明ひとつで温かくなった。

PM19:15
月と団地と太陽と


この日のために用意されたSUN SELF HOTELオリジナルの食器。温かみのある手書きの太陽の絵柄に、卵焼きがいい味。

ホテルマンの調理チームによって給仕されたディナー。

客室でディナーが振る舞われる。文字通りスープの冷めない距離にある、団地内の集会所でつくられた料理が次々と運ばれてくる。お皿や箸入れもわざわざつくられたサンセルフホテルのオリジナル仕様。メニューはロールキャベツや筑前煮、卵焼きなど温かさのこもった家庭料理。ひとつひとつにおもてなしの心が詰まっている。
ディナーが終わると取材陣は退散。ふと夜を見あげればそこには、月と団地、そして力強く浮かび上がる太陽があった。


井野団地の夜空に月と団地と太陽。日常の風景の中に非日常の太陽が上がる。

お風呂、就寝、そして朝

私の取材は初日だけだったので、以下は主催者から後で伺った話だ。その後、ゲストは団地内に用意されたお風呂へと案内された。案内されたそこは、自治会長のお宅のお風呂だったそうだ。
客室は水道のみが使用可能なため、その他のサービスは団地内で賄われる。夜、バッテリーに溜めた電気がなくなると部屋の照明は切れ、室内は暗闇となる。非常用に渡された懐中電灯を頼りにホテルマンへ連絡すると昼間に溜めておいた予備のバッテリーを持ってきてもらえる。しかしそのバッテリーもなくなると電気はまったく点かなくなる。ゲストの感想によれば、モニタの数字を見ながら限りある電気を使うことで、エネルギーに対する意識が少しずつ変わっていく気がしたそうだ。

なお、用事のあるときは予め渡された携帯電話によって、待機中のホテルマンと連絡が取れるようになっている。

翌朝はモーニングコールから始まり、広場で朝の体操。その後、いこいーの+Tappinoでビュッフェ形式でのホットケーキの朝食が振る舞われた。最後に、手作りのお土産がプレゼントされて、チェックアウト。ホテルマンたちに見送られ、初めてのお客様が帰られた。

「初めての団地ホテル」取材後記

郊外の戸建住宅で育った私にとって、なかなかそれ以前に立ち入る機会がなかった団地は、どこかよそ者を寄せ付けない雰囲気と感じていた。しかし今回団地の人々と関わることができ、そこには近すぎず遠過ぎない、団地ならではの心地良い人と人との距離感があると感じた。
団地ならではのコミュニティー、人の連携、そしてそこに入り込んだアート。その三位一体によってつくり出された「SUN SELF HOTEL」。
アートと聞くとどこか身構えて、よそ行きのものかと思っていたが、SUN SELF HOTELではむしろいつのまにか普段着になって、気づけば感じているアートであった。非日常であったアートが日常の一部となって、ゆるやかに社会が変わっていくような期待感を覚えた。

※近日、SUN SELF HOTELの企画者、北澤 潤さんにも寄稿してもらう予定です。お楽しみに!

■サンセルフホテル
http://sunselfhotel.com/

■取手アートプロジェクト
http://www.toride-ap.gr.jp/


ゲストとホテルマンで記念撮影。みんなの表情が生き生きしていた。