text= 馬場正尊(東京R不動産/Open A ltd.)
かつての団地をめぐる先人たちの試行錯誤。今見直しても、それはすばらしい。
記憶のなかにある団地を再認識してみる。


「カマボコ」と呼ばれる階段室型の住棟。60-70年代団地の最もスタンダードな外観だ。

■団地をめぐる試行錯誤

団地には今のマンションにはないすばらしい部分がたくさんある。
まだ敷地や人間の気持ちに余裕があった時代。
いかに容積を詰め込むか、という経済発想は優先されず、いかに住人が快適かという人間発想を、素直に追い求めることが可能だった。
日本という国や市民にお金がないのは当たり前だったから、工事費やサイズはコンパクトに。住む空間を供給することに必死になっていた。

僕はかつての設計者たちの、その純粋な試行錯誤に触れるとホロリとする。
ある意味、いい時代だった。
それは50年前の話、団地の間取りが、今のライフスタイルに合わないのは当たり前。
その時代には、電話はおろか、洗濯機も冷蔵庫も庶民には手に入れるのが難しかったからだ。

■団地空間のすばらしさ

この観月橋団地の間取りのすばらしい点を、いくつか挙げてみよう。

例えば、階段室を対称に2つ住戸が並ぶ。URでは「カマボコ」や「羊羹」などと呼ぶ、いわゆる階段室型の住棟だ。まさに団地のスタンダード。


3つの階段と、その両側を囲むように2つの住棟が配置された住棟。南北に風と光が抜けるように工夫されている。

空間的には非効率だけど、それによって壁二面が直接外部に面することができる。風の通りが圧倒的にいい。エアコンのない時代の発想だけど、今でもこの間取りならエアコンはいらないくらい、しっかり風が通り抜けるだろう。

また、このカマボコ型の住棟は、階段室の入口が向かい合わせになるように建てられている。

URでは「南入り」「北入り」などと区別して呼ばれているが、これも南北面に必ず採光を取るように工夫された配置。家族が団欒するダイニングは南側に配置されていて、明るい。

ダイニングから見える向かい側の住棟は、トイレや風呂など窓が小さい部屋に面しているので、
向かいの家から覗かれる心配もほとんどない。

向かい合う階段室は、住民同士が出入りの度に、顔を合わせて交流が生まれるような工夫らしい。
住棟の間の緑豊かな共用部は、お母さんたちが立ち話をしたり、子供が遊んだりするためのしつらえなのだ。

リノベーションした団地でも、この発想はそのまま踏襲したいと思った。

■昭和の家族が育まれた「51C型プラン」

「51C型プラン」という単語を知っているだろうか。かつては日本の典型的な農家の間取りだった「田の字型プラン」が、団地の間取りの基本構成にも援用された。それが「51C型プラン」。

ちなみに農家の田の字型プランはこれ。


典型的な古い農家のプラン。ふすまで全ての部屋が仕切られている。
※ 出典:コンパクト建築設計資料集成<住居>、日本建築学会編、丸善

そして、団地の51C型プランはこれ。


1951年東京大学の吉武泰水らによって設計された51C型という間取り。この間取りが1970年頃までの団地のスタンダードだった。
※出典:コンパクト建築設計資料集成<住居>、日本建築学会編、丸善

大きさがだいぶ違うから、まるで縮小コピーのようだが、構成は似ている。

僕が小学校の頃、仲が良かった友だちが団地に住んでいて、このプロジェクトを通して、そのときの風景を思い出す。
ダイニングが小さかったから、畳の部屋にちゃぶ台が置かれ、ご飯は家族みんなで、ここで食べていた。寝るときは片付けて布団を並べる。ひとつの空間が多機能に使われていた。
現代では、リビング、ダイニング、個室、廊下と機能は細分化され、その分、面積が必要となっている。
しかし、家族が増えることが前提だったこの時代、間取りは伸縮可能でなければならなかった。
そういう意味でも、51C型プランはよくできている。

しかし難点は、ここにはプライベートがないことだ。
昭和中期はこれでよかった、おおらかな時代だ。
ちなみに「お茶の間のみなさん」というテレビの決まり文句は、この空間の、ちゃぶ台に座った家族に向けて発せられていたわけだが、僕の家族はバラバラに個室でテレビを見ている。
決め文句だけが残ってしまっているわけだ。
でも、このお茶の間感覚は、案外これから復活するかもしれない。
ときにはそんな時間もいい。
なつかしい団地の間取りを見ながら、そんなことを思った。

■51C型プランを活かしながら、時代のスタンダードを考える?


URの八王子の研究所には、1950〜70年当時の間取りのモデルが保存されている。

でも、今の生活ではちゃぶ台はダイニングテーブルに取って替わり、布団はベッドになり折り畳んで押し入れに入れることが不可能になった。
お客さんが来たときに寝室を開け広げにすることには少々抵抗があるし、家族がどんどん増えることも想像しにくいし、そうなったら引っ越すだろう。住む場所や空間の選択肢は画期的に増えた。

では、51C型に代わるスタンダードって何だろう?
これが、この40平米ほどのコンパクトな空間を、時代にあわせてカスタマイズすること、すなわちリノベーションの課題になりそうだ。

その中で、僕らが団地のリノベーションにどんな解答を出したのか?
それは次回紹介します。

観月橋団地リノベーションのプロジェクトサイトはこちら。
http://www.ur-net.go.jp/kangetsukyo/

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http://www.ur-net.go.jp/kansai-akiya/kyoto/0800.html

【連載】観月橋団地再生ストーリー
第1回 昭和の団地にタイムスリップ
第2回 カマボコと51C型のすばらしさ
第3回 反転するキッチンの効果。
第4回 土間のある暮らし。
第5回 “挿入”と“継承”のリノベーション
第6回(最終回)新旧住民の交流会