text=千葉敬介(東京R不動産)
ある日、ネットで調べものをしていると、視界をよぎった「団地オムニバス短編漫画」の文字。
主人公と思われる、爽やかな男女のツーショット。奥には、確かに団地らしき建物も描かれています。
見れば、どうやら女性マンガ家の作品のようで。
これは気になる! ということで、ちょっとお話を聞きに行ってきました。


第1話は、若い新婚夫婦の一日。夏から始まって毎回少しずつ季節が巡っていきます。
「ささやかな日常」を描く団地マンガ

偶然にも、まさに連載が始まったタイミングで、このマンガに出会ったようです。
「WEBコミック」、つまりネット上で読めるマンガとして公開されているこの作品。
タイトルは『Thousand window, Thousand door』。

団地を舞台につづられる短編のオムニバスは、このコラムが公開される時点で、第7回までが掲載済み。
連載はまだまだ進行中で、誰でも無料で読むことができます。

作者は、石山さやかさんという女性のマンガ家。
団地好き? 団地出身? いったいどんな人なのか。なぜ団地のマンガを描こうと思ったのか。
ちょっと気になる……。

ということで、取材をお願いすることにしました。


第6話は、団地で一人暮らしをする男性の話。気配だけしか登場しないお隣さんがキーに。

オムニバスということで、主人公も設定も毎回変わっていくこの作品。
そこに描かれているのは、何気ない日常のひとコマです。

若い新婚夫婦のとある一日。女子中学生たちの友情。
どこの都市の、何という団地なのか、特定することなく語られている作品の世界は、一見どんな街でも成立しそうな話に見えるけれど、実は団地という設定がうまく生かされています。

なるほど。素朴な日常の中にある、ちょっとした出来事をうまく浮き彫りにしていく感じかな。
と思いきや、第3話、第4話の展開には、思わずハッとさせられたりもして。


第3話は、ストリートダンスをする高校生とおばあさんが心を通わせる話。
世代を超えて交差する日常

第3話で登場するのは、街角で夜な夜なダンスの練習をする高校生たち。
その中の一人である主人公が出会うのは、おばあさん。
団地の集会所で、いつも日本舞踊の稽古をしています。

普通であれば出会わない、まったく世代の異なる二人が、いつしか心を通わせていく。
その様子に、気付けば思わず引き込まれてしまっていました。

さらに第4話では、そんな世代を超えた出会いが、ハラハラするような危うさで描かれます。
団地の公園で出会った、小学生の女子と大学生の青年。
内容は読んでからのお楽しみですが、物語はドキリとするような女性の一面を描き出してみせるのです。


ドキリとさせられる女性の一面を描いた、第4話。
ストーリーが生まれる場所

ストーリーは、実際に体験したことの中から生み出すことが多いという石山さん。
といっても、見たり聞いたり感じたりしたことは、一度記憶の奥にしまっておくそうです。
そうして熟成させておいたエピソードを、いくつか組み合わせ、違うシチュエーションに置き換えることで、新しいストーリーをつくり出して表現するのだとか。

では、団地のストーリーを描く石山さんは、団地の出身なのかといえば、そうではない。
郊外の住宅街で一戸建ての家に育ったのだそうです。
そして、団地をマニアックに探求した経験も、これまで特にない、とのこと。

でも石山さんは今、URの賃貸住宅に住んでいます。
3年前に引っ越したというその家は、古い団地が建て替えられてできた、新しい建物。
そして家の周りには、古い団地がたくさん建っているのだとか。
作品は、そんな身近な空間と、そこに住む人々の様子をベースに描かれているのです。


お年寄りが集まる自治会のクリスマスの話も。石山さんは最近、自治会にも興味が湧いてきたのだとか。

この連載で描かれているのは、「ささやかな日常」の世界。
それを通して、人間の普遍的な部分に目を向けたかったのだと、石山さんはいいます。

でも、ただ日常の風景を描いても、そこにある機微を表現することはできません。
この作品では、そんな日常の機微を浮き立たせる仕掛けとして、団地がとてもいい仕事をしています。
特に、隣人や団地内の人の存在は、なくてはならない要素のひとつ。
登場の仕方は様々で、ストーリーに直接絡むだけでなく、エキストラのような存在だったり、姿は見えないけれど重要な役割を担っていたり。

例えば、4話目で少女と大学生の青年が、団地の公園で会う場面も。
これが都心の喧騒の中や、郊外の人けのない住宅街だったら、きっと別の意味を持ってしまうはず。
そうさせないのは、背景に描かれた団地の姿が、見守る人々の存在を想像させるからかもしれません。
そんなシチュエーションに力を借りて、物語は他では描けないような少女の心の変化を描いてみせます。

3話目でも、高校生の少年とおばあちゃんとの間に絆が生まれるという、普通ではなかなか成立しづらい設定が、ほど良い違和感の中で成立させられているのは、様々な世代が交流を重ねてきた団地という場ならでは。

もしかするとそんな関係は、かつてどこの街でも、どこの地域でも普通にあったのかもしれません。
それは現代社会がどこかに置いてきてしまったものなのかも。

団地には、それが特別なものではなく、すごく平凡な日常として、とてもさりげなく残っている。
だから団地が好きなんだなと、改めて気付かせてくれる作品です。

きっとこのマンガは、団地好きの人だけでなく、団地での暮らしがどんなものか興味があるという人にも、楽しんでもらえる作品だと思います。ぜひ、一度読んでみていただければ。

Thousand window, Thousand door

(文中の画像:©石山さやか/祥伝社)