text=千葉敬介(東京R不動産)
とにもかくにも、めちゃくちゃオモロイ映画でした。
予測不能で、ぶっ飛んだストーリー。大阪弁でしゃべくり倒す名優たち。
しかも驚いてしまうのは、団地の今がこんなにも生き生き描かれているということ。
オリジナル脚本で描かれたこの作品。阪本順治監督はどうやって『団地』の世界にたどり着いたのか?
その秘密が知りたくて、お話を聞きに行ってきました。


藤山直美さん、岸部一徳さんら阪本作品の常連俳優に、若手の斎藤 工さんも加わって“普通じゃない”日常が展開中。
団地を舞台に繰り広げられる、しゃべくりコメディー

舞台は、大阪のとある団地。
主人公である年配の夫婦、山下清治とヒナ子がここに引っ越してきたところから、物語は始まります。
実は、最愛の息子をバイク事故で失った二人は、老舗の漢方薬局を廃業、この団地へと移ってきたのです。

失意を胸に秘めながらも、淡々と日々を過ごす清治とヒナ子。
そんなある日、団地の自治会長を決める選挙が開かれることになります。
ひょんなことから候補に推薦されてしまう清治は、口では嫌だといいながら、まんざらでもない様子。
しかし意を決して出馬したものの、あっさり落選。
いじけた清治は「団地から消えるんや!」というと、床下収納の中にこもってしまうのです。

物語はここから急展開。大阪弁の飛び交うドタバタ・コメディーへと突入します。
最後には、団地の上空にあんなものまで飛来して、異次元をも巻き込む、ぶっ飛びの展開へ……。


「死んだことにしてくれ!」 自治会長選挙にあっさり敗れた清治は、床下収納へ閉じこもってしまいます。
「団地はうわさのコインロッカーや」

実は、清治がヘソを曲げたのは、選挙に負けたから、というだけではありません。
主婦たちがビールケースにドカッと腰掛け、うわさ話を繰り広げる団地の庭。
「意外と人望なかったなー」なんていう声を耳にした清治は、本格的にいじけてしまったのです。

そんなうわさ話は、あるきっかけで妄想へとエスカレート。ストーリーは思いもかけない方向へと展開します。
姿を消した清治が、殺されてバラバラになっている。そんな妄想で団地中が騒然。ワイドショーも押しかけるのです。

実は、ボクがこの映画を気に入ってしまった、一番のポイントがここでした。
「団地てオモロイなぁ……。うわさのコインロッカーや」
主人公ヒナ子の口から、思わずポロリとこぼれる一言は、まさに名言。
殺人のうわさを立てられるなんて、ちょっとブラックすぎて、現実だったら笑えないけど。
でも、主婦もおっさんも、老人も子どもも、まるで一つの大きな家族みたいに、団地中がうわさ話で盛り上がる感じは、無機的で密室的な現代の暮らしとは対極の姿。団地中に血が巡るように、うわさが人と人とをつないでいます。

それが良いとか悪いとか、そんなことはいったん置いておくとして。
“コミュニティ”なんてキレイな言葉では語れないけど、とにもかくにも生き生きしている。
そんな感じが、なんだかいいなと思うのです。


「山下さん、殺されてると思う……」 団地を駆け巡っていたうわさは妄想へとエスカレート。
団地は良き時代の下町

そんなふうにうわさが駆け巡る団地を、ユーモアたっぷりに描いた阪本順治監督。
でも、ご本人は団地に住んだことがないのだとか。どうしてこんなに生き生きと描くことができたのでしょうか?

阪本監督:
「住んだことはないけれど、生まれ育った大阪の堺市では、近所にどんどん団地ができて、そこに遊びに行ったり、団地の子が転校で入ってきたりして、団地の様は見てきていますからね。それに大阪では人が寄れば、うわさ話が始まる。それをどう表現しようかなと思ったときに、団地は良き時代の長屋なんじゃないかと思いつきました。同じ形のハコが縦につながる“縦の長屋”。だから下町の路地裏を団地に置き換えてストーリーを考えたんです。主演が決まっていた藤山直美さんも、下町が一番似合う女優さんですから。

団地って高齢化や過疎化みたいなことも含めて、いろんな課題を抱えているという意味でも“社会の縮図”になっているけど、実際に撮影で団地に入ってみると、自治会長さんが見回りをしていたり、住人どうしで声を掛け合ったり、助け合ったりというのを目にすることもあって、やっぱり良き時代の下町だなと実感しましたね。」


事件の発端になった自治会長選挙。石橋蓮司さんら名優からも目が離せません。
団地だからやれること

でも、そもそも団地を舞台にしようというアイデアは、なかなか思いつかないはず。
団地へとたどり着くまでには、どんなプロセスがあったのでしょうか。

阪本監督:
「大切な息子を失った夫婦が、店をたたんで住まいを移すとしたら、どんな所を選ぶだろうかと考えたときに思い浮かんだのが団地でした。悲しみにくれて誰とも関わりたくないと思えば、オートロックのマンションを選ぶでしょう。でも、彼らはそうしなかった。それはあまりにも寂しすぎるから。そうじゃなくて団地を選択したのは、ほど良い人間関係がありながら、自分だけの世界も守れそうだと思ったからです。

そうやって主人公の住む場所が決まり、そこでの暮らしや動きを考えたり、窓から見える景色がどんなだろうと想像していくと、団地でなければできない設定が見つかっていきます。普通のマンションや一戸建ての住宅街ではできないこと。そこから“あり得ないことがあり得るのが団地”だという、今回のストーリーが生まれているんです。」


社会派で知られる阪本監督。見た目も迫力があってちょっとビビリましたが、実は常に笑いを忘れない、生粋の大阪人。(撮影=北岡稔章)
生と死と団地

そして、もう一つ。個人的に引き込まれた場面がありました。
それは「生きていることが神秘」で「“あっちの世界”の方が現実」だと、斎藤 工さん演じる謎の青年が語る部分。
ネタバレ注意箇所なので詳しく書けませんが、同じ形の部屋が無数に連なる団地を見るとき、その窓の一つひとつにそんな神秘が宿る様を想像すると、まるで小さな細胞が集まって大きな生命を宿すようなイメージとも重なります。

実は、監督のご実家は仏壇屋を営んでいて、子どもの頃から人の死に触れることが日常だったのだとか。
先ほどのセリフも、そんな子ども時代から考えていたことにつながっているのだといいます。

阪本監督:
「実家は、仏壇屋だったんです。それが去年廃業して。そのときに脚本を書いていたのもあって、主人公が老舗の漢方薬局をたたむっていう設定につながりました。

実家の店では、主人公と同じように息子を亡くしたお客さんが泣き崩れるのを見たこともあるし。そんな中で、小さいときにはどうしてこんな商売の家に生まれてきたのかな、っていう思いもあったし、肉体とか精神、意識っていうものについても、子どもの頃から考えてましたね。肉体は消えるけれど、その人が生きた証というか、残り香みたいなものはどこかにあるんじゃないかという思いもずっとあって。

同時に、子どもの頃は星 新一さんや、海外のSF小説を読んで、それが未来や宇宙という設定を借りながら人間の深遠な部分を描こうとしているのも感じていました。それも自分の死生観とつながっていたのかもしれないですね。

今回は、いつも数年先まで埋まっている藤山直美さんのスケジュールが、たまたま2週間だけ空いて、しかもオリジナルの脚本で撮れるってことだったので。じゃあ、自分の中にあってまだ表現したことがないものは何があるかと、子どもの頃までさかのぼったとき、死生観という宿題が残っていたってことにたどり着いたんです。しかも、藤山直美さんでSFっていうのは、相当に面白いぞと。若い俳優でSFなんて絶対に撮らなかったと思うんですけどね。そこから3、4日で一気にストーリーがまとまっていったという感じです。」


誰もが予想していなかった、まさかの「SFしゃべくりコメディー」。でもその奥には監督の死生観が描かれています。(撮影=北岡稔章)

今だから正直に言ってしまいます。最初この映画の話を聞いて、あまり見たいと思いませんでした。
殺人犯の逃亡を描いた映画『顔』のコンビによる最新作。その名も『団地』。むむぅ……、と。

それが結局、試写で一度、劇場でもう一度。二度も見に行ってしまうとは。

だから、まずはだまされたと思って、映画館へ足を運んでみてください。
脚本を初めて読んだ藤山直美さんは監督に「お医者さんを紹介しましょうか?」と言ったとか、言わなかったとか。
そんな奇想天外なストーリーに翻弄されつつも、見ているうちに人や団地が生き生きと描かれたこの映画に、いつしか引き込まれているはずです。そして、まるで団地も映画の主人公の一人みたいな気がしてくるのです。

団地好きの方も、そうでない方も、きっと楽しめると思いますので、気になった方はぜひ。

映画の公式サイトはこちら。
映画『団地』公式サイト