text= 馬場正尊(東京R不動産/Open A ltd.)
京都から近鉄線で南に15分、桃山御陵駅近くの観月橋団地で「団地再生のプロジェクトを始めた。昭和の空気が残る典型的な団地を、どんな工夫やデザインで再生していったか、そのプロセスをお伝えしていこうと思います。
団地ならではの世界観、歴史、先人たちの知恵を大切にしながら、今の時代に合った団地空間について考えていきます。


立派なケヤキ並木が団地のアプローチ。夏でも涼しく木陰をつくる。

はじめに/2011年の団地を考える

観月橋団地は、京都駅から近鉄線で15分、桃山御陵前駅が最寄りの典型的な郊外の団地だ。何十年という月日のおかげで敷地内の樹々は大きく育ち、同時に建物はかなりくたびれていた。

近くにはにぎやかな商店街があり、少し歩けば大きな川がある。周辺環境はかなりいい。でも、URの住戸改善のための事業が行われてるため、かなり空きが目立っている。いい団地だと思うのに。
このレポートでは、この典型的な「団地」をリノベーションするプロセスを紹介しようと思う。

見れば見るほど団地って味わい深く、でも今の時代とは多くのズレを抱えている。それがおもしろい。
観月橋団地が建設された1960-70年代。団地はいかに合理的に、そして快適に住空間を供給できるか、という視点でつくられている。
「多くの人に、いい空間を、リーズナブルに」という気持ちが空間に現れていて、その試行錯誤がいたるところに見え隠れしている。
僕らは、その態度と空間に敬意の思いを持ち、基本精神を継承しながら、2011年の「多くの人にいい空間を、リーズナブルに」を追求してみたい。
団地の再生ストーリーは、素朴で快適な「住むことのスタンダード」について、改めて考える機会だと思う。


棟間隔が広く、子供を安心して遊ばせられる庭。団地の豊かな環境はマンションには真似できない魅力のひとつ。

久しぶりに団地の中に入った。
小学校の頃には団地住まいの友達がたくさんいて、いつも上がり込んで遊んでいた、それ以来。
観月橋団地に案内され、年季の入った鉄製の扉を開くと、そこにはノスタルジーとホコリの匂いが入り交じっていた。
低い天井、小さなスケール感、ふすまだけのプライベートのない部屋……。
どれも今のマンションが回避してきた問題だけど、今この空間のなかに居ると、なんだか若干の違和感を覚えながら、不思議に落ち着くのはなぜだろう。

昭和の部屋を現代の感覚で見直してみると、ツッコミどころ満載の間取りだ。
まず最初に気になるのはバスタブ。

これがお風呂?


微妙なサイズの浴槽。

座ると間違いなく体育座りでコンパクトにまとまらなければならないし、
大きな人は抜けれるか不安になるだろう。

かつての日本人はこんなに小さかったのだろうか。
バスタブが異様に小さい。

みんなこのバスタブに収まっていたのか?
40年前の日本人の平均身長の統計を調べてみた。
1970年頃、日本人男性の平均身長は162cm、2010年は171cmを超えている。実に40年間で10cmも伸びている。人類が数百年かけた身体サイズの成長を、この日本は10年で追い越している。

まあこういう雑学はいいとして、団地の風呂場には、ひたすら右肩上がりで人口と核家族が増えるなか、狭い空間にコンパクトに機能を詰め込もうとする設計者の思いがにじみ出ている。
僕らはそれに敬意を持ちながら、同時に小さなバスタブにカラダを折り畳んで、体育座りで収まる自分の姿を想像し、少し笑いながら次の部屋に目を移した。

孤立する冷蔵庫

台所に目を移した。
まず冷蔵庫を置く場所がわからなかった。
最初は気がつかないが、家具の配置を冷静に考えていると、ある瞬間、
「あれっ、冷蔵庫はどこに置くのだろう?」という疑問が浮かぶ。
キッチンまわりには余分な空間は、どう考えてもない。


冷蔵庫はいずこ?

一緒だったURの人に尋ねてみると、
「ああ、たいてい襖をひとつふさいで置きますね。」
「たまーに、和室の中に置いて使ってはる人もいるみたいですよ」と、
関西弁でこともなげに返答。
和室にこつ然と冷蔵庫が置かれている風景は、僕にとってはそれなりにシュールだが、
古い団地ではそれもアリ?
冷蔵庫はキッチンにあるという既成概念に、団地は縛られていないのかも。

さまよえる洗濯機

次に、洗濯機置き場がない。
そもそも脱衣室もない、というよりフロと玄関先は一体化しているのだ。
まあ、最近の小さなワンルームも同じだから許せるか・・・。
しかし問題なのは洗濯機の排水。流すことができないではないか。


左はトイレ、右は浴室。部屋には他に洗濯機を置けそうな場所はない・・・

1970年代前後、まだ洗濯機は庶民には高嶺の花で、ほとんど普及していなかった。
「お風呂で洗濯板」だったのだ。
今ではICチップが搭載され、勝手に水量を調整したり、乾燥までまとめてやってくれたり、とハイテク化しているが、ほんの40年前は洗濯機そのものがなかったことに、改めて驚く。

しかし団地では「モバイル洗濯機」という、ある種、さらに先端的なコンセプトの洗濯機が存在することになっている。

洗濯機をキャスター付きの台に乗せて、移動させ、排水するときはお風呂の隣に寄せて排水パイプを直接バスルームにつっこむ。
うーん、書いてもわかりにくい。さすがにこれは不便じゃないか?


この現代生活とミスマッチな住まいをどうするか?

違和感の丁寧な解消

昭和の間取りと今の生活とのギャップ。それも団地のおもしろさだ。

団地再生は、特別にコンセプチャルなものでもなく、まずはこの数々の違和感を、ひとつずつ丁寧に解決していくことから始めようと思った。
でも本心を言うと、このアンバランスな住空間も、団地ならではの味があって、けっこういい。
R不動産的にはこれを工夫して住みこなすのも楽しそうではある。
でも汎用モデルをつくる立場としては、おもしろさを追求するだけにはいかない。

観月橋団地リノベーションのプロジェクトサイトはこちら。
http://www.ur-net.go.jp/kangetsukyo/

観月橋団地の詳しい物件情報、問い合わせはこちら。
http://www.ur-net.go.jp/kansai-akiya/kyoto/0800.html

【連載】観月橋団地再生ストーリー
第1回 昭和の団地にタイムスリップ
第2回 カマボコと51C型のすばらしさ
第3回 反転するキッチンの効果。
第4回 土間のある暮らし。
第5回 “挿入”と“継承”のリノベーション
第6回(最終回)新旧住民の交流会