text=大我さやか(OpenA ltd.)
新しい人々が住み始めて1年。自治会のみなさんと新しい住民との住民交流会を開きました。


「KANGETSUKYO DANCH」のキリッとシンプルなサインは、今では団地のシンボルになっている。

先輩住民と交流できるきっかけをつくる

昨年4月に竣工した観月橋団地のリノベーションプロジェクト。新しい住民がこの団地に住み始めてもう1年が経った。

冬枯れの木々に芽吹いた新緑は、やがて空を覆わんばかりに葉を茂らせ、秋には赤黄オレンジと色づき鮮やかに団地を彩り、そしてまた冬を迎える。新しい住民の方々もそうした一年の変化をここで感じたことだろう。

今回のリノベーションプロジェクトでは、単身からカップル、夫婦、子育て世帯、高齢者まで、いろんな世代の人々が新しく住み始めた。
団地R不動産で実施した入居者アンケートによると、20歳台後半〜40歳台前半が中心。これまで団地に住んだことがない方や、中にはこの引越しを機に初めてこのエリアに住んだという方もいた。団地だからこその古い味わいと緑豊かな環境を魅力に思った方も多いに違いない。

団地には、新しい住民だけでなく、ここに以前から住んでいる方、もう何十年も住んでいる方が大勢いる。
でも初めて団地に住んだ人には、そんな先輩住民と出会うきっかけや話すタイミングを見つけたり、困ったときに相談できる人を見つけるのはなかなか大変だろう。
せっかく新旧住民が一緒に住んでいるのだから、住民同士がつながるきっかけをつくりたい。

ということで、リノベーションチーム(OpenA+星田逸郎空間都市研究所+DGコミュニケーションズ)で、自治会の方々と新住民との交流会を開催することになった。

街の情報、生活の情報、団地の好きなところを聞いてみた。

集会所に集まったのは、新旧住民合わせて29名の方々。うち自治会の方が22名、新しい住民が7名。続々とスリッパ持参で集まってくる自治会の方々。大勢来て下さって嬉しい反面、正直心配も……。
「いきなりこんな大勢の人に迎えられたら、新しい住民はびっくりするんじゃないか?」
期待と不安が入り混じる中で、住民交流会はスタートした。


自分の住んでいる住棟を指さしながら、にこやかに出迎えてくれる先輩住民たち。

まずは輪になって、自己紹介タイム。「何号棟の何階に住んでいます」と団地らしい挨拶。自分と同じ住棟の住民だったことがわかると、一気に親近感が湧くようだ。

自己紹介が終わったところで話のきっかけに用意したのは、テーブルいっぱいに広げた大きな地図。
観月橋団地周辺のエリアマップと、観月橋団地の配置図の2種類を用意した。
その地図のまわりにカラフルな付箋とサインペンを並べ、提案してみる。
「この地図に、自分がよく行くお店やおいしいレストラン、かかりつけの医者、穴場、知りたいこと、なんでもいいので付箋に書いて貼って下さい」


おすすめのお店の情報や子どもの遊び場など、街の情報が地図中に広がっていく。

たとえば、新しい土地で医者を探すのは案外苦労する。どこの先生が優しいとか、ここは待ち時間が短いとか。
そうした情報は、ネットで調べてもなかなか出てこないが、地図上には先輩住民から寄せられる生活に役立つ口コミ情報が、続々とプロットされていく。


「子どもが遊ぶところは?→児童館」「但馬屋のランチは安くて美味しい」「桃山御陵の階段の上からの眺めがきれい。特に向島方面。「橘高校の桜並木がきれい」。ピンポイントな情報が書き込まれる。

「へー、そのお店美味しいんだー、こっちのおそば屋さんはどう?」とか、「耳鼻科はここにあるんですね。内科はどこにありますか?」と、自然と会話が始まった。

地図を眺めながら、最初はぎこちなかった住民同士。地図上の付箋が増えるにつれ、「何か他に困っていることは?」「何が知りたい?」と先輩たちが後輩住民に声をかける場面も。「桃山団地には昔ノーベル賞を受賞した益川さんの住まいがある」「観月橋団地は昔、伏見城があった場所らしい」など、貴重な情報も飛び交った。


観月橋団地の敷地図をまじまじと眺め、「ここには昔ジャングルジムがあった。」「このジャンボ滑り台が昔は子どもに大人気だったな」と思い出を振り返っている様子。

一方こちらは、団地の配置図。こちらには、昔遊んだ記憶や思い出、好きな場所、集会所の催し物などの情報が書かれた。
団地南側の泰長老公園は、昔は近所の子どもたちが遊びに来たり、ジャンボ滑り台があって人気だったとか、盆踊りをしていたこともあるんだとか。
今はなくなってしまったが、7号棟前には昔ジャングルジムがあったり、7号棟北側の空地ではゲートボールをしたり、子どもたちが鉄棒や滑り台、ブランコ、バスケや野球、サッカーなどをして遊んでいたそうだ。「昔子どもが多かった頃は遊び場がたくさんあって、団地中に子どもたちの遊び声が響いていた」と。


やっぱり、みんなあのケヤキの並木道が好きなんだ……と、親近感を覚える。

緑豊かな団地だからこそ、木々に関するコメントも多かった。ケヤキの並木道や、はまゆう、サルスベリ、桜、モミジ、柿の木、ニセアカシア……。通り道ではない道も散歩したくなる。
集会所では、週2日習字教室を行っていたり、月火のお昼には60歳以上の方を対象にした観月クラブなるものもあるそうだ。
中には、「屋上を使いたい」や「泰長老公園をもっと使いたい」といった積極的な意見も。

長い歴史のある観月橋団地だからこそ、これまでの系譜を通して、これからの団地の姿を想像し、そこに何があったらいいか考えることができるのかもしれない。

サンドイッチやオードブルをつまみながら、地域の情報を交換したり、団地の好きな場所を教えあっているうちに、配置図中がカラフルな付箋で埋まっていった。

団地がどうなっていってほしいか、みんなで考えてみる。


午後は趣向を変えて、団地がどうなっていって欲しいかを、みんなで一緒に考えてみた。

午後は、団地の配置図を囲んで、「今、団地に何か欲しいことや、こうなっていってほしいということはありますか?」と漠然と問いかけてみた。

「昔のように団地中に子どもたちの声が溢れていると、自分たちも元気になる。今は子どもが少ないからもっと増えるといい」と、先輩住民。確かに、地図上にはかつてあったいろんな遊具や遊びが書き込まれている。ちょうど新しい住民の中にはお腹に赤ちゃんがいる方がいて、子どもがもっと増えてほしいというウェルカムな空気にホッとした様子だった。

「隣の泰長老公園で開かれていた盆踊りやお祭りのように、みんなが集まれる場所が団地に欲しい」
「団地の屋上を開放したら、そこでビアガーデンやお祭りができるんじゃないか?」
「今は集会所を中心に、習字教室や観月クラブをしている。もっと集会所を使いやすくしてほしい」
集まれる場所、団地住民が集うイベントを望む声も多かった。観月橋団地には大きな広場はないが、団地の住民なら必ず通るケヤキ並木と、その前の集会所がある。団地の中心とも言える集会所をうまく使うことで、皆が集まれる場所や機会をもっと増やせるかもしれない。新しい住民からもそういう機会があればぜひ参加したいという声が聞かれ、先輩住民も張り切った様子だった。

一方で、自治会の参加者募集、イベントの企画・告知には、苦労話も聞かれた。今は自治会に参加する人も少なく、運営も大変なのだという。実際に、何か大きなイベントを開催しようと思っても、その準備や費用集めに膨大な労力と手間がかかるのだ。


「団地に住もう!」の本でも紹介している、様々な団地の面白い使い方を紹介。

そこで、ちょっと息抜きがてら、他の団地の面白い使い方を紹介してみた。集会所がミニ四駆のサーキットになっている団地、アーティストが訪れる風変わりなカフェが人気の団地、ヴィヴィッドカラーの送迎自転車が団地中を往来する団地などなど。
事例を見て、こういうこともできるのかと興味津々な様子だ。

いろんな団地でさまざまな使い方をしているけれど、どの事例にも共通しているのは、できるところから始めたということ。お祭りやイベントなど大仕掛けなことでなくても、日常的に面白いと思う活動を少しずつ始めればいい。観月橋団地の自治会は、元気で仲が良く、意見や感想を活発に話してくれる。このメンバーがいれば、何かができる気がした。

そして帰りがけ、こういう会を開いてくれてよかった、と声をかけてくれた方がいた。また後日談だが、新住民の方から、この会で知り合った先輩住民の方と団地ですれ違った時に挨拶や立ち話をするようになったという話も聞いた。

団地に住んで、一人でも多く知っている顔が増えると、それだけで安心できる。心配ごとや、困ったことを相談できたり、たとえ災害が起こったときでも頼れる人がそばにいるというのは、すごくありがたいことだ。団地に住むことの魅力は、古さや環境の良さだけでなく、気のおけない人とのつながりを持てるということも大きいだろう。

観月橋団地のプロジェクトを通して、そうした団地の魅力をいろいろと発見した。新しい住民が住み始めたからこそ起こる団地の変化。今回、その兆しを目の当たりにすることができた気がする。
こうした動きが今後も増えれば、もっとハッピーに、楽しく暮らせる場所が、全国の団地に増えていくのだろうと思う。

観月橋団地リノベーションのプロジェクトサイトはこちら。
http://www.ur-net.go.jp/kangetsukyo/

観月橋団地の詳しい物件情報、問い合わせはこちら。
http://www.ur-net.go.jp/kansai-akiya/kyoto/0800.html

【連載】観月橋団地再生ストーリー
第1回 昭和の団地にタイムスリップ
第2回 カマボコと51C型のすばらしさ
第3回 反転するキッチンの効果。
第4回 土間のある暮らし。
第5回 “挿入”と“継承”のリノベーション
第6回(最終回)新旧住民の交流会