text= 佐藤可奈子
先日行われた、団地R不動産 × tokyobike の自転車ツアーの出発地となった花畑団地。
そのうちの一棟で今、コンペで最優秀賞に輝いた建築家のデザインによるリノベーションが進行しています。
築50年を迎えようとしている花畑団地のイメージチェンジを託されたのは、32歳の若手建築家でした。


デザインコンペで最優秀賞を獲得した藤田雄介さんと花畑団地のボックス棟(工事対象棟ではありません)。

30代の若手建築家による団地リノベーション

昭和39年に建築された花畑団地では現在、大規模な再生プロジェクトが進行中。
広場や緑道の整備、集会所の新設、住戸内装のリニューアルや、新たな商業施設の計画など、
これからの時代に応える住環境づくりのための工事が進んでいます。

その一環として、最優秀賞案で実際にリノベーションが行われるデザインコンペが開催されたと聞いた時は、
正直、あまり興味を抱いていませんでした。

住宅という用途以外に、地域インフラ的な側面も強く持つ団地。
若い世代も興味が湧くような住空間提案というよりは、
社会派なケンチク的提案ばかりが応募されたんじゃないの?と思ったからです。

でも、最優秀賞を受賞した建築家の名を聞いて、がぜん興味が湧きました。

最優秀賞に輝いたのは、1981年生まれの若手建築家、Camp Design inc,の藤田雄介さん。

実は藤田さん、R不動産の兄弟サイト「R不動産toolbox」で販売している
木製ガラス引き戸」や「木のつまみ」などの商品開発も手掛けています。
シンプルな空間操作で部屋の印象をガラリと変えてしまうそのデザイン手法を
以前から好ましく感じていた建築家さんでした。

詳しく話を聞いてみたくて、進行中の工事の打合せのため花畑団地にいた藤田さんに会いに行ってきました。


とにかく空が広い!ゆとりを持って建てられた住棟の間に育ったさまざまな草木が色づいています。

東京23区と埼玉県の境に流れる「花畑時間」

花畑団地があるのは、足立区花畑。団地のすぐそばを流れる毛長川を超えると埼玉県、という立地。
低層住宅が建ち並んだ路地のような細い道路を抜けると、突然空が開けます。

たっぷりと間隔が空けられた住棟には燦々と光が降り注ぎ、ベランダにはふとんと洗濯物。
黄金色の芝生、舗装された通路、各所に置かれたベンチ、懐かしい遊具、建物を超える背丈の大きな樹々。
のーんびりした時間が漂います。

広場にある山型の滑り台に上って童心に還っていると、藤田さんが登場。

今回のコンペに応募するまで、「団地」はあまり身近な存在ではなかったと話す藤田さん。
藤田さんのように年齢が若く、生活圏に団地がなかったら、実際の団地を知る機会は少ないのかもしれません。
でも、花畑団地を初めて訪れた際の印象は上々だったそうです。

「花畑団地をはじめて訪れた時の印象は、“空が広い”でした。
ゆったりと配置された建物や、十分な日当り、芝生や植栽の緑の豊かさは新たにつくれないもの。
今回のリノベーション対象である住棟自体もこの豊かなランドスケープのいち要素ととらえて、
建築と環境とがより混じり合う風景をつくりたいと思いました」(藤田さん)


光と風と緑に満ちた、花畑団地ののどかな風景に魅力を感じたと話す藤田さん。

木のフレームの中に広がっていく風景

今回のデザインコンペの対象となった27号棟は、「ボックス型」と呼ばれるキューブ状のフォルムをした住棟。
全戸が角部屋という採光性と通風性の良さから、団地の中でも人気が高い形の棟です。

藤田さんが考えたのは、3Kだった間取りの1室の窓を撤去して、
そこをルームテラスという、「半屋外の部屋」にしてしまうというもの。
花畑団地の豊かな外部空間を、室内に取り込むためのデザインでした。

でも、それだけでは家の中にしか変化が起こらない。
もっと、外へと意識が向かったり、建物自体の魅力を引き立てるようなデザインはできないか。
そこで藤田さんが行き着いた回答が「木製建具」でした。

外部に面した窓はすべて木枠の窓に。
室内の居室にも木枠のガラス引き戸を使い、その開閉で変化が生まれるようにしたのです。
外に面した窓と室内の引き戸をともに木製建具して連続性を持たせることで、
おのずと外の景色へと意識が導かれるように計画したと藤田さんは話します。

かつての公団住宅の懐かしさも感じさせる木製建具は、建物の外観にやわらかさを与え、
さらに、住戸ごとに配置が異なるルームテラスが、画一的ではない表情を生み出します。
さりげないデザインで団地内の風景まで変える藤田さんの案は、審査員の高評価を得ました。


居室のひとつをまるごとルームテラスに。引き戸を開ければ、部屋の一部のように使える。(提供:Camp Design inc.)

引き戸の開閉で室内の景色が変わり、上下で分けられた木枠のフレームが風景を切り取る。(提供:Camp Design inc.)

「明るい引きこもり」のための外を感じる住まい

藤田さんの案を見て個人的にいいなと思ったのは、「外に開き過ぎていない」ということでした。

外部へと意識を促す仕掛けが施された案にそんなことをいうのはおかしいかもしれませんが、
まさにそのルームテラスが、ちょうどいい籠り感を期待させるんです。

撤去するといっても、窓だけ。窓の上下左右にあった壁は、そのまま残されます。
フルオープンな空間はちょっと落ち着かない気がするけれど、残った壁がルームテラスの居室性を高めて、
外に居るのに中にいるような、不思議な居心地を与えてくれそうです。

外を感じたいけれど、包まれた空間の居心地のよさもキープしたい。
そんなわがままな願望を満たしてくれる、“明るい引きこもり”のための住まい。
この部屋で過ごす感覚は、大自然の中に張ったテント内でのそれと似ているかもしれません。

そして現在、この案は実施に移され、2014年2月の完成を目指してリノベーション工事が進行中。
1LDK+ルームテラスという間取りになるのですが、
ルームテラスの位置が各戸で違ったり、ちょっとずつ異なる間取りの全10戸が生まれます。

27号棟の周囲には、大きな木と公園のような広場があります。
窓からは一体どんな景色が広がるのか。そして室内にはどんな暮らしの風景が展開していくのか。
「倍増する風景」という、今回のデザイン案に藤田さんが付けたタイトル通りに、イメージが膨らみます。

団地を知らなかった藤田さんのリノベーション案には、「こんな景色の中でこんな風に住めたら」という、
花畑団地に出会って覚えた純粋な憧れが、溢れているように感じました。

次回のコラムでは完成後の住戸を詳しくレポートする予定ですので、お楽しみに!


リノベーションが進行中の27号棟。広場に面しており、団地の中でも抜きん出て開放的なロケーション。

他の入賞作も力作でした

400点以上もの応募があったという団地再生デザインコンペ。
最優秀賞が実施に移されるということも注目を集めた一因でしょうが、
今をときめく建築家の西沢立衛さんが審査委員のひとりであったことも大きそう。

「西沢さんが審査するなら、コストや技術等の実現性よりも空間の魅力を重視してくれそうだと思った」
という藤田さんの思惑通り(?)、
受賞した作品は「団地でこんな空間、アリなの?」と思わされる、ユニークな提案ばかり。

最優秀賞の藤田案のほか、優秀賞4作と佳作5作は、以下のサイトから見ることができます。

UR|団地再生|デザインコンペ

実は、外部を取り込むデザインは、藤田案以外の受賞作にも見られました。
住戸に半屋外的な空間をつくったり、建物の周囲に共用の畑を設けたりして、
そこでお茶をしたり、野菜や花を育ててみたりといった、緑に親しむ住まいを提案するもの。
花畑団地の豊かな植栽や外部空間が、それだけ魅力的に見えたということでしょう。

「外部とのつながり」という点では、「外部の人」を団地に呼び込む提案もありました。
自宅で仕事をする住人や地域の人々が活動できる場として1階を開放する案や、
保育ママが幼児保育を行いながら住める団地へのリノベーション提案など、
働く場づくりから仕事づくり、そして地域のコミュニティーづくりまでを提案するものもありました。

こうして受賞作を見ていると、団地にはさまざまな暮らし方の可能性があるのだなぁと感じます。
自然を感じる暮らしだったり、働きながらの暮らしだったり、人とつながる暮らしだったり。
自分だったら、団地でどんな住まい方がしたいだろうと、ひとりコンペを脳内で開催中。

27号棟のリノベーションをはじめ、着々と再生プロジェクトが進む花畑団地。
生まれ変わった花畑団地でどんな暮らしが育っていくのか、楽しみです。

関連リンク:
UR都市機構|花畑団地 団地再生プロジェクト

Camp Design inc. 花畑団地27号棟プロジェクト現場レポート

【連載】進行中!花畑団地のリノベーション
第1回 参加者募集! tokyobikeで自転車ツアー!?
第2回 若手建築家による団地イメチェン計画
番外編 tokyobike自転車ツアー・レポート
第3回 遂に完成!「眺めの良い籠り部屋」