text=北澤 潤(北澤 潤八雲事務所) photo=伊藤友二

出会えたからこそ、つくれた

すこしずつ物語をはじめていこう。全てのきっかけは3年前のことである。茨城県取手市で活動する「取手アートプロジェクト(TAP)※1」のメンバーが、埼玉県で私が以前より取り組んでいるプロジェクト《リビングルーム北本団地》※2を訪れた。その後取手市での企画立案を依頼され、リサーチをはじめる。

1年以上かけて総戸数2000を越える公営団地、井野団地を舞台とした《サンセルフホテル》の企画をまとめた。団地の管理者であるUR都市機構や団地自治会との協力体制をつくるのに更に約1年の月日がかかり、2012年の秋にようやく実質的な活動が開始する。「ホテルづくり市民講座」というワケのわからない題目を掲げ、2週間に1回のペースで団地商店街のお休み処兼TAP活動拠点「いこいーの+Tappino」で《サンセルフホテル》をつくっていった。

ソーラーワゴンづくりから始まって、石鹸やシャンプーボトル、カーテンにランプシェードまで。すこしずつ集まってくれたホテルマンと共に《サンセルフホテル》に必要なモノ・コトを考えひとつひとつ丁寧に準備した。地域活動サークルのような和気あいあいとした雰囲気で約30名、1歳から88歳までの超多世代ホテルマンたちによるコミュニティーが半年以上かけてゆっくりと出来上がっていった。

グランドオープンが近づいた頃、このペースじゃ間に合わない!とホテルマンチーフの一言が飛び、活動は週1回のペースに変更。初めての宿泊日程と宿泊客が決まってからの数週間は、ホテルマン全員が当日の晴天を願い、頭の中で予行練習を幾度となく繰り返したことだろう、おそらく。

※取手アートプロジェクト(TAP):取手市民と取手市、東京芸術大学の三者が共同でおこなっているアートプロジェクト。1999年の発足よりフェスティバル型の野外公募展、在住作家を紹介するオープンスタジオを行い、2010年からは継続的な事業として「アートのある団地」と「半農半芸」に取り組んでいる。
※《リビングルーム北本団地》:北澤潤八雲事務所が各地で実践しているプロジェクト《リビングルーム》のひとつ。地域の不要な家具を配置し、住民同士が物々交換しあうことで商店街の空き店舗に変化し続ける「居間」をひらく。

そしてありえない一日が生まれた

広場に設えたフロント、団地最上階の一室に掲げた看板。不定期出現型ホテル《サンセルフホテル》の特別な日がはじまる。宿泊客は午後1時にやってくる。

と思ったら、予定より15分早くやってきた! 大慌てのホテルマンはフロントにスタンバイしてお出迎え。宿泊に関する説明をした後に手づくりの客室へ案内した。客室担当のホテルマンがインテリアについて説明すると、これも手づくり? あれも? と自分たちのためにつくられた一品一品に3人の宿泊客は感心してくれた。

夜の為の蓄電散歩はハプニングだらけ。出発直前にバッテリーが白煙をあげた。予備に切り替えてできるだけ日当りのよい場所を探してはソーラーワゴンを止めてバッテリーに電気を溜めていくが、予定より少ない蓄電量に電気担当のホテルマンたちは頭を悩ませた。