団地雑記帳

フランスの団地映画「アスファルト」

2016年9月2日

団地の映画が、なぜか空前の大豊作を迎えている2016年。
今度は海を越えてフランスから、団地を舞台にした映画がやってきました。
ほのぼのと、そしてじんわりと心に染みる、とても素敵な映画です。

ストーリーを、そしてその魅力を、ひとことで表わすのが、なかなか難しい映画です。

でも、それだけに映画でしか味わえない魅力に溢れ、そして団地が舞台だからこそ描けた時間や世界観がそこにあって、心からお薦めできる映画だと思います。

フランスの郊外にある古ぼけた団地を舞台に、淡々としたリズムで描かれる情景。
すごくドラマチックなストーリーがあるわけではありません。
いや、あります。

屋上にいきなりNASAの宇宙飛行士が不時着するし、隣の部屋に(元?)大女優(?)みたいな人が引っ越してくるし、冒頭からいきなり事故で車椅子だし。

でもそんな事件の衝撃も、団地に流れる日常のリズムは、あっという間に吸収してしまうかのようで。3つの出来事をきっかけに生まれる3つのストーリーは、交わることなく同時に、そして静かに、進み始めるのです。

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愛すべき3組の主人公による、3つのストーリー。
それが、ミニマルな団地という空間の中で、同時に進行していくこの映画。

縦に連なるバルコニーが印象的な、シンプルな箱型の建物。
その連なりは、まるでフィルムのコマを表わしているかのようで、どれも同じかと思える四角い窓の中には、それぞれに生き生きとしたシーンがあるのです。

それがパラレルに進んでいくという構成は、まさに団地の日常を象徴するよう。
そしてそんなパラレルな関係に引き込まれてしまうのは、主人公たちが、相手には見せていない、もうひとつの世界を抱えているからなのかもしれません。

なぜか親の姿がない、影のある雰囲気がかっこいい少年、心を寄せる素敵な女性に世界中を旅するカメラマンだとウソをついてしまう、冴えない太った中年男、理由があって息子と離れて住んでいるおばあちゃん。宇宙飛行士に至っては、たくさんの機密を抱えているばかりか、英語もさっぱり通じず意思疎通もままなりません。

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そんなひと癖もふた癖もある彼らの個性が、魅力として映るのは、舞台が団地だからなのだと、団地好きの悪い癖で、ついつい思ってしまいます。

実際、彼らの住む場所が、仮によくある分譲マンションだったりすると、「このデザインのマンションを好むこの人は……」などと要らぬノイズがフィルタになるところ。

団地というシンプルな箱に住んでいるというだけで、その人の飾らない性格や、素直な生き方が記号化されて、濃すぎるほどの個性も魅力として浮き上がるのでしょう。

そして、そんな彼らがゆっくりと心通わせてゆくこの映画に、いつしか魅了されているのです。

詳しい内容については映画を見てのお楽しみですが、お薦めの映画なので、ぜひ!

そう、映画『団地』の阪本順治監督が、「団地にはファンタジーが入り込む余白がある」と語っていたのを思い出しました。

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最後に、パンフレットからサミュエル・ベンシェトリ監督の言葉を引用しておきます。

『アスファルト』で、私は、この手の題材を描く時に普通はお目にかからないような登場人物たちを通して、ある種風変わりなストーリーを作りたいと思っていた。一言で言うならば「落ちてくる」3つの物語、と言えるだろう。空から、車椅子から、栄光の座から人はどんな風に“落ち”、どのように再び上がっていくのか。『アスファルト』製作中、この疑問がいつも頭にあった。なぜなら団地に住む人々は皆、“上る”ことに関してはエキスパートだから。子供時代を団地で過ごした私にとって、そこでの生活で感じていたあれほどまでに強い団結力に他では出会ったことがない。

 
上映の情報など、詳しくは映画のオフィシャルサイトで。
映画『アスファルト』公式サイト